FA(財務アドバイザー)の業務では前回紹介したバリュエーションが有名であり、クライアントの中にはFAの仕事はバリュエーションと多少の数値分析に稟議資料作成のサポートをする程度のだと思っている場合がある。しかし私に言わせれば、FAを雇ってM&Aの交渉に使わないなんて完全に損している。
以前の記事にも書いたようにM&Aは基本企業(または事業)の売買である。しかし、多くの企業はスーパーで売られているりんごのように日々取引され、値段が明確になっているものではないので、通常買い手と売り手の交渉の中で値段が決まっていくことになる。
「多くの企業」と書いたのは、上場していて毎日一定の出来高がある会社は、りんごやその他のものと同様に毎日取引がなされているので、その場合は交渉の中でも株価が価格を決める上での重要なベンチマークとなる。
前回紹介したバリュエーションで価格の目安をもったら、あとはそれで取引が成立するよう交渉していく必要があるがのだ。
交渉には手順があり、フレームワークがあり、段取りが必要であり、経験が必要である。そこでFAの出番というわけだ。
ソフトバンクや日本電産などのM&A慣れしてノウハウが蓄積され、インハウスのM&Aチームがある場合には話は別だが、大抵の企業よりもFAの方がM&A案件における経験が多いはずである。最近は戦略ツールの一つとして普及したとは言え企業がM&Aを決断するには相応の労力と覚悟が必要なため、企業側が経験するM&Aは限られている。
一方、アドバイザーは年に何件もの案件を10年、20年とやっている人がチームを組むのだからその差は歴然だ。
全体のスケジュール管理、交渉先との窓口対応、ミーティング設定のタイミング、討議資料の要否、資料開示の要否及びタイミングなどなど、一つ一つは瑣末だが、これらは全てが有機的に連動してはじめて効果的な交渉になるのである。
資料を出すタイミングが2日ずれたために、ミーティングが1週間延期され、そのことによりDD開始のタイミングが決算と重なってしまい、目標としていたクロージングの時期にに間に合わなくなるということはありうるのである。
本当は交渉の序盤に言うべきことを言わなかったことで、後から主張して反発を買い交渉長引くことも少なくない。
1番最悪なのは、当初はアドバイザーの助言に耳をかさず、慣れていないにもかかわらずクライアントが自ら交渉した結果、思うようにいかず、それをアドバイザーにどのようにしたらリカバリーできるかを相談してくるケースである。
アドバイザーと言えども失地回復はより困難だ。事前に相談してほしい。こうなると交渉が後手後手に回ってしまい結果として損をすることになる。なんのためにアドバイザーを雇っているのかわからない。
究極的に結果に対して責任を負うのはクライアント企業なので、自らやりたいという気持ちは理解できる。
しかしFAを交渉に同席させて交渉に参加してもらうこと、せめて交渉前に交渉戦略を一緒に検討することはやらないと確実に損をしている。
交渉の場に居合わせないと、ニュアンスなどが十分に把握できず、情報のフィルターやバイアスがかかってしまうので、効果的なアドバイスができないこともある。相手の出方、スタンスにこちらの戦略も影響されるからだ。
クライアントからの状況共有では合意したことになっていることが後で合意はないと言われたことは一度や二度ではない。
さらにFA同士で交渉してらちがあかない時だけプリンシパルが交渉する方が、交渉にメリハリが出るし、一旦持ち帰って検討するということがしやすい。
プリンシパルどうしではかどが立って感情的になりやすい部分をFAどうしで協議して地ならしをした上で、スムーズに決めていくこともできる。
まとめると、M&Aでは値段は交渉で決まるが、うまく交渉を進めていくにはロジスティックとの有機的な連携、分析に対するテクニカルなポイントを含む深い理解や多くの案件からの豊富な経験が必要であり、従ってまさにFAが積極的な活躍を求められる場であり、クライアントもFAをうまく活用することでスムーズに交渉を進められるのである。