一鳴驚人日記

外資系企業でM&A関係の仕事をしている若僧のブログ。キャリアや時事ネタに関してその時々に感じたことを書いていきます。

【類似株価倍率法】EBITDARマルチプルによる評価

今回は企業価値評価、いわゆるバリュエーションの手法として実務上最もよく用いられる類似株価倍率法のやや応用的な内容について書く。類似株価倍率法(別名「マルチプル法」)を使用して評価を行う際に、最もよくつかわれる倍率は、もちろん業種によって異なるものの、全体としてはEBITDAやEBIT倍率である。これらはあまりに有名なので、リクエストがあれば書きたいが今回はそれを理解している前提で、業界特有の倍率のに一つ(と勝手に私が思っている)EBITDARという稀に使うことのある指標を用いた倍率について書いてみたい。業界特有の倍率なので、バリュエーションの経験が豊富なプロフェッショナルでも使ったことがないケースも多いだろう。

1. EBITDARとは

Earnings Before Interest Tax Depreciation Amortization and Rentの略である。日本語(に訳すのはあまり好きではないが)に訳すと、「税金、利息、償却費、賃借費控除前利益」となる。もはやそれは「利益」なのかという意見はあるだろう。要するに、バリュエーションをかじったことがある人にはお馴染みのEBITDAに賃借費用(リース費用)を足し戻したのがEBITDARである

2. どういった場合に使うのか

航空、ホテル、小売などの業界に関して類似株価倍率法を適用する際に使用することが多い。多い理由は、事業用に資産をリースすることが多いからである。航空、ホテル等に限らず、オペレーティングリースを頻繁に利用する事業であれば、使用する可能性がある。なお、単にリースと言っても、会計上は大まかにファイナンスリースとオペレーティングリースの二種類に分類されており、ここで問題にしているのはオペレーティングリースであるということに注意が必要だ。会計士でない人にとって、たとえ会計的な素養がある程度ある場合でも会計上のリースの取扱はトリッキーな分野であるので、ここでは詳細な説明を割愛するが、とりあえずオペレーティングリースは賃借、ファイナンスリースは資金調達ということは最低限覚える必要がある。

Q&A業種別会計実務・10 リース (Q&A業種別会計実務 10)

Q&A業種別会計実務・10 リース (Q&A業種別会計実務 10)


3. なぜ使うのか

航空やホテル業界では、航空機や建物が事業上不可欠でありこれらは通常大きな投資が必要になる。こうしたアセットを調達するにあたっては、借入などの有利子負債で資金を賄って購入するか、リース契約によって毎年使用する分だけ賃借料を支払うかすることになる。

しかしながら、前者の場合には費用は固定資産として計上された航空機や建物の減価償却費と、資金を借り入れた利息費用に分かれ、前者は営業費用として営業利益やEBITの算出の際控除されるが、後者の利息費用は控除されない。一方で、リース費用(オペレーティングリース)は賃借費用として全額営業費用に含まれ、営業利益算出にあたって控除されることになる。

したがって、実質的に同じ資産を調達する場合でも会計ルールに従えば資金調達の違いによって営業利益やEBITDAの水準が異なることになる。

合理的に考えれば、資金調達方法によらず調達コストは同程度になる(どちらかが明らかに有利であれば、すべての利用者がそちらの方法で調達するため、需要が集中して値上げが起こり、結果的に有利不利が生じない水準で均衡するはずである)はずなので、結果としてオペレーティングリースを用いる場合の方がEBITやEBITDAが低くなる傾向となり、マルチプルは高くなる。

減価償却費だけでなく、賃借費用も控除前のEBITDARを使用することで資金調達の差に起因する会計数値上のノイズを排除することが可能になる。

3. 具体的な使い方

なお、EBITDARを使うことはすなわち賃借費用を有利子負債として見なしていることに等しい。したがって、EBITDARマルチプルを使用する際に、理論的には、分子には時価総額+有利子負債+少数株主持分+解約不能オペレーティングリース料の現在価値を使用する必要がある。

解約不能オペレーティング料とは、オペレーティングリース契約に従って将来払い続ける必要があるリース費用のことであり、元利均等返済のローンと酷似している。

つまり、事業用資産から生み出されるキャッシュフローを現在価値に割引いた企業価値は、株主に帰属する時価総額と債権者に帰属する有利子負債と同様、オペレーティングリースの貸手に帰属する価値もあるはずだろうと考えるのである。

4. 実務的な対応

理論的には解約不能オペレーティングリースの将来支払金額の現在価値で企業価値(事業価値)を調整する必要があるが、現実的には難しいので、実務上は便宜的に割引前の総額を使用するか、リース費用の何倍というような倍率を乗じることになる。

現在価値を算出することが難しい理由は、開示情報の制約により多くの場合には、一年以内と一年長でしか区分されていない、あるいは5年目までは毎年、それ以降はまとめた金額でのみ開示されているなど、企業によって開示状況が異なることや、現在価値にり引く際の割引率を企業ごとに推計する必要があり、倍率法の良さである手軽に計算することの良さが殺されてしまうことである。

リース費用に一定の倍率を乗じる方法は、格付け機関証券アナリストの間でも使用されており、業界ごとに何倍を用いるべきか推計も行われている。企業によっては自社開示資料に何倍と使用していると明記しているところもある。

5. まとめ

オペレーティングリースを多く用いる業種の評価を行う際には、資金調達の差異に起因するマルチプルの歪みを回避するために、EBITDARという指標を用いる場合があるが、その際にはEVの算出にあたって調整が必要になり、実務上は複数の調整方法が存在している。

企業価値評価 第6版[上]―――バリュエーションの理論と実践

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企業価値評価 第6版[下]―――バリュエーションの理論と実践

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