一鳴驚人日記

外資系企業でM&A関係の仕事をしている若僧のブログ。キャリアや時事ネタに関してその時々に感じたことを書いていきます。

バリュエーションの論点 ~退職給付債務~ 2

前回はDCF法を用いた価値評価の際にどのポイントで退職給付債務を考えるべきかについて書いたが、今回はなぜ退職給付債務を調整する必要があるかについて書いていきたい。


退職給付債務は一種の給与の後払いと考えることができる。制度は大きく、確定給付と確定拠出の2種類あるが、前者の確定給付を採用している場合には、過去の勤務によって発生し、一定の前提(平均勤続年数、昇給等)をおいて計算した将来の退職給付を現在価値に割戻した額と外部に積み立てた年金資産の差額を、退職給付引当金としてをBSに計上することが必要になる。(数理計算上の差異等未認識退職給付債務に分類される項目がないと仮定した場合)また、将来にわたって計上されている現在価値の利息が営業費用として控除されてキャッシュフローに影響を与える。


一方、確定拠出の場合には、拠出した時点で企業の責任は果たしており、従業員が将来いくら給付を得られるかは、個々人の運用の選択次第ということになるため、バリュエーション上は考慮する必要がない。(制度については以下のサイトに詳しく説明されている。『III−1 退職給付債務の考え方』)


以下は確定拠出型の制度を採用している場合のバリュエーションへの影響についての考え方について考えていく。


M&A等の取引をするにあたって、労働という役務は取引前に完了しており、それに対する対価が取引後に支払われる(キャッシュアウト)ため、価格上の調整を行わない場合に買主は提供を受けていない役務に対する対価を支払うことになる。つまり、取引の際に価格に退職給付債務の影響を反映しない場合、買主がより多く負担していることになる。また、退職給付債務が巨額の場合には、利息費用も大きくなるため、営業利益(或いはEBIT)、ひいてはキャッシュフローを圧迫する要因となる。これは巨額の有利子負債を抱えている場合と酷似する。(ただし、EBITの計算において、退職給付債務の利息費用は通常金利費用として考慮されていない。退職給付債務を有利子負債とみなし、利息費用を金利の支払いとみる場合には、EBITから利息費用を除いた調整EBITを使用してキャッシュフローを計算する必要がある)


従って、前回説明したようにストックかフローのどちらかのアプローチにより企業価値(EV)から控除することによって買主にとっての株主資本価値(Equity Value)を算出する必要があるという考え方がある。


一方で、退職給付債務は様々な仮定に基づくものであり、多分に不確定な要素を含んでいる。また、Equity Valueを求める際にEVから控除すべき未積立退職給付債務(退職給付債務と年金資産の差額)は、年金資産の運用成績が良くなれば縮小する。従って実際に退職一時金を支払う際には未積立退職給付債務は解消されている可能性もある。また、従業員全体の年齢構成によっては実際のキャッシュアウトが非常に先の未来のことになるため、現在価値は小さくなって全体に対するインパクトが小さい場合も少なくない。このような不確実性の高い債務に対して、取引時点で価値評価に含めてしまうの望ましくないという考え方も存在する。


さらに、退職給付債務を有利子負債と同様に扱う場合には、退職給付は財務・資本政策の一部とみなすことになるが、退職給付は営業にかかる費用であり、営業項目をすべて勘定したキャッシュフローからEVを求める際に使用するフリーキャッシュフローの計算に含め、運転資本の増減として補足するべきという考え方も存在する。実際には、BSに計上されている退職給付引当金の増減を予測することは難しく、残高は一定で推移するため、企業価値にほとんど影響を与えないという結果に帰着することが多い。


退職給付債務をバリュエーション上考慮すべきかについては、バリュエーションのプロフェッショナル間でも意見が分かれるが、最終的にはその個別の実態に合わせて調整の要否を決めることになる。例えば、総額の大きさや、キャッシュアウトのタイミング等を総合的に判断する。