一鳴驚人日記

外資系企業でM&A関係の仕事をしている若僧のブログ。キャリアや時事ネタに関してその時々に感じたことを書いていきます。

バリュエーション ~資産除去債務の取扱い~

資産除去債務(Asset Retirement Obligation,「ARO」)とは、大まかに言えば、有形固定資産を取得して通常の使用法で使用した場合に、将来その固定資産を除去する際に必要となる予定の費用を現在価値に割戻したもののことだ。(詳細は以下のサイトに簡潔に説明されている。会計監査|サービス:会計監査|トーマツグループ|Deloitte)今回はAROがバリュエーションにどのような影響を与えるかについて以下の構成で書いていきたい。


1. なぜバリュエーション上ARO考慮する必要があるのか
2. AROをバリュエーション上どのように考慮するのか


1. なぜバリュエーション上考慮する必要があるのか

例えば、小売業などでは土地を借りて、自社で建物を建設して店舗を営むことがある。そして、数十年後に土地の賃貸契約が終了する時、土地の原状回復(=建物を取り壊して元の更地に戻す)ことが必要な場合がある。


そのまま土地を返還しても建物が邪魔で他の用途に使用できなくなるからだ。土地の賃貸契約でこの原状回復は確定しており、その費用がある程度合理的に見積もれるため、ここでAROを計上することになる。AROは将来キャッシュアウトすることが確定的であり、よって、企業の買手にとってはその分買収対象企業の生み出す株主に帰属するキャッシュが減少し、それは株主資本価値の減少を意味する。


上記同様に小売業の例でたとえると、「事業計画上で閉店を予定しない場合、原状回復費用は不要となり、AROの元となっているキャッシュアウトは不要ではないか」という主張を耳にする機会がある。事業計画上では閉店予定していないかもしれないが、事業計画期間以後の期間において閉店することは十分に考えられるし、また店舗数自体が増加傾向にあったとしても、儲からないものを閉店したり、老朽化を機に撤退するという入れ替えは発生すると考えるのが、合理的である。そのように考えた場合将来においてやはりキャッシュアウトは発生し、従ってAROを企業価値から控除して株主資本価値を計算するべきということになる。


2. AROをバリュエーション上どのように考慮するのか

考慮する方法は、ストックで考えるものとフローで考えるものの2通りある。

ストックで考慮する場合は、BSに計上されているAROを有利子負債類似物として企業価値から控除する。ただし、AROは時間の経過とともに利息に相当する調整額を計上する必要があり、PL上は固定資産の減価償却費の中にに含まれるため、事業計画期間においてこれを調整する必要がある。


通常のバリュエーションでは対象企業から事業計画の提供をうけて、必要に応じて調整を施したものを前提とする。しかし、企業が事業計画を策定する際には通常設備投資にかかる費用のみしか考慮されないことが多く、従って事業計画に織り込まれている減価償却費は資産除去債務の調整額を織り込んでいないことも多い。このため、事業計画には資産除去債務の調整額を織り込んでいないことを前提として、PLの調整を省略することもある。

万一減価償却費でAROが考慮されている場合は、減価償却費から該当額を除くため、営業利益が上昇し、その分税金が多くなり、減価償却の足し戻しも該当額だけ少なくなる。計画期間中は税効果分だけ価値が下がってしまうが、継続価値(ターミナルバリュー)では、多くの場合減価償却費が設備投資と相殺され、営業利益が高い分、事業価値が押し上げられるため、各々のケースの個別要因によるところとなり、価値が上がるのか、上がるのかは一概には言えない。


フローで調整する場合は、AROを運転資本と同様に扱いAROの増加分を運転資本の減少分ととらえる。


なお、注意すべきなのは、事業計画期間中に現状回復費用の支出が見込まれている場合である。その場合には、現在のBSに計上されているAROをそのまま企業価値から控除するのではなく、計画期間中に支出されるキャッシュに対応するAROをダブルカウントにならないように取り扱う必要がある。


自分が実務に携わって来た経験の中では、業種によりAROが非常に少ないこともあるため必ずしも全ての企業のバリュエーション上考慮されているわけではないようだが、原状回復費用が多額となる業界については要注意の論点となるため、バリュエーション上はしっかりと検討する必要がある。