今回から数回連続で、DCF法を用いたコーポレートバリュエーション(企業価値評価)における退職給付債務の扱い方について書いていく。このテーマはバリュエーションの専門家の中でも意見の分かれる、テクニカルな内容であり、混乱しやすい分野なので、わかりやすく整理する意味でも複数回に分ける。
今回はまず、バリュエーション上どこで退職給付債務を考慮する必要があるかについてふれていく。
DCF法を用いる場合
FCF/WACC = EV = Equity Value + Net Debt
FCF: フリーキャッシュフロー
WACC:加重平均資本コスト
EV:企業価値(Enterprise Value)
Equity Value:株主資本価値
Nebt Debt: 純有利子負債
という関係から、株主に帰属する価値であるEquity Valueは
Equity Value = EV - Net Debt
と計算する。なお、
Net Debt = Debt - Excess Cash
であり、有利子負債から余剰資金を差し引いて求める。
厳密に言えば、Equity Valueを求める際に少数株主持分や遊休資産等の非事業用資産も調整する必要があり、少数株主持分は有利子負債、非事業用資産は余剰資金と同じ考え方でEVに加減算することでEquity Valueを求めることになる。
有利子負債に類する調整項目をデッドライクアイテム(Debt-like item)、余剰資金に類する調整項目をキャッシュライクアイテム(Cash-like item)という。退職給付債務はデッドライクアイテムのうちの一つに含められることが多い。つまり、Equity Valueを求める際に、EVから控除する項目として考慮される。
なお、EVから控除する際には、税効果を認識し(引当金は実現する時に税務上損金算入される)、将来計画における利息費用、期待運用収益や数理計算上の差異の費用処理等をCFから除く必要がある。(そうしないと二重に価値から控除されることになる)また、有利子負債として扱う場合には、D/Eレシオの計算に考慮し、WACCの算出においても、通常の有利子負債とは別途金利水準を考慮する必要がある。
理論上では、EVから控除するという「ストック」でのアプローチ以外にも「フロー」で考えて運転資本の増減としてFCFで計算してEVを算出する方法がある。その場合には、退職給付費用を営業費用としてとらえ、退職金の適切な期間按分費用であると仮定することになる。しかし、そのようにして処理されている例は比較的少数と思われる。というのもDCFを行う多くの場合、退職給付引当金の増減を予測するのは困難だからである。
次回は、Equity Valueを計算する際に、なぜ退職給付債務をEVから考慮する必要があるかについて書いていく。
バリュエーションの理論と応用―オプションを含む多種多様なM&Aプロダクツの評価
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