一鳴驚人日記

外資系企業でM&A関係の仕事をしている若僧のブログ。キャリアや時事ネタに関してその時々に感じたことを書いていきます。

M&Aにおける純資産法による評価の罠~純資産を価値評価に用いる際に気をつけるべき3つのこと~

装置産業などのいわゆる重厚長大型のビジネスを営んでいるクライアントのM&A案件では、しばしばクライアントが買収価格を対象会社の純資産を基準に考えているケースに遭遇することが多い。


対象会社の純資産を価値分析の際の一つの参考にすること自体に問題はない。また、金融や不動産、リースなど、業種によっては純資産倍率が主要な指標となるケースも存在する。しかし、純資産の金額にあまりに囚われてしまうケースも多いように見受けられる。


実は、純資産は客観的であるものの、必ずしも対象企業価値を最も適切に表しているとは限らない。その一方でDCF法やマルチプル法を用いて評価した価値が純資産を上回ることが一般的であるため、純資産を強く意識する場合、特に入札案件などでは折角のビジネスチャンスを逃してしまうことにつながりかねない。


もちろん「買えなくても高買いするよりはマシ!」という考え方も合理的ではあるが、理論的に必ずしも「純資産を超えた値段で買うこと」=「高買い」ではないということを理解したうえでの意思決定をする必要がある。


では、対象企業の純資産はどういった点で、「対象企業価値を最も適切に表しているとは限らない。」のだろうか。それは以下の3つの理由によるものである。

1. 純資産は現在の価値を必ずしも表していない
2. 純資産は使用価値を必ずしも反映していない
3. 純資産は無形の資産を無視してしまう

1. 純資産は現在の価値を必ずしも表していない

純資産はあくまで資産を取得した時点での資産の価格から、負債をひいたものに、利益をのせ、減価償却などの一定の会計上の調整を加えたものにすぎない。それは、現在の価値を表す一つの方法ではあるものの、必ずしも現時点での価値をうまく反映しているとは限らない。

資産価格は時間がたつと変化するものであり、土地にように流動性があって時価を入手しやすいものがあれば、時価に置き換えるという方法も考えられるが、流動性のない資産に至っては時価を把握することも難しく、純資産の額と大きく異なる価値を持っている可能性がある。

純資産が少ないと価値が小さいという理屈に立つと、純資産が多いと価値が大きいということになる。しかし、過去に法外な値段で土地を買った場合、地価が下がってその土地の現在の価格が半減していたり、実際には事業にうまく利用できていなかったりしても、純資産は大きくなる可能性があるので価値が高いということになってしまう。

2. 純資産は使用価値を必ずしも反映していない

そもそも対象会社を将来転売することが前提ではなく、事業目的で長期間経営をしていくという前提で買収を行うのであれば、いくらで必要資産を調達してきたのかという点は実はどうでもよくて、結局その資産から毎年いくらのキャッシュを生み出すことができるのかという点がむしろ重要だ。安く資産を調達したからといって、高収益で多くのCFを生み出す会社の価値が低いということにはならないことは直感的にもわかりやすいだろう。

3. 純資産は無形の資産を無視してしまう

事業が収益を生み出す際に、土地や建物、工場、設備など有形資産に加えて、商標や特許権などの無形資産も重要な貢献してしていることが多い。しかしながら、貸借対照表上計上される無形資産はごく一部であり、人材の優秀さ、企業の文化、経営陣のリーダーシップ、市場シェアの占有率、ブランド力などは個別の資産として識別し、定量化することが難しいこともあり、純資産には含まれない。これらの要素は全て超過収益力として、買収価格と純資産の差額である「のれん」に含められる。


買収対象の会社のBSにのれんが計上されている場合に、のれん部分は価値がないものとして相当額を純資産から控除して考える方が特にメーカーの方に多いように思うが、分析もせずに価値がないものとみなすのは、早計である。結局、サービス業やIT業など業界によっては本来大きな資産が不要で、アイデアや仕組みなどが収益の源泉となるビジネスにおいては、CFを生み出している割に純資産が小さくなり、買収をすると結果的に少なくない額のれんが生じるということが十分あり得るのである。


しかしながら、個別に評価できないものをひっくるめて超過収益力としてのれんとしていることからも、のれん自体は非常に分かりづらいものであり、減損につながるリスクも有形資産や特許などの無形資産より高い。ある意味、稼いでいることがのれんが生じることを証明する唯一の方法であるため、稼げなくなってしまったとたんにその存在に疑問符がついてしまう点は注意が必要である。


とはいえ、有形資産も本来期待したようなCFを生み出せなければ減損することになる点は同じであるため、のれんは純資産より高く買った差額であり所詮価値がないという考え方である必要はないように思う。

まとめ

純資産は売主が過去にいくらで対象会社を手に入れたかということを表す一つのベンチマークとしては有用であるものの、結局それがいくらのキャッシュを生み出すのかについては多くを語らず、そもそも純資産に含まれないようなアセット(キャッシュを生み出す源泉)も存在する以上、純資産の額をそのまま対象会社の価値だと考えることは早計であり、M&Aを行うことはその点を踏まえて対象企業の価値を評価すべきである。